大学参謀の孫登です。
既に大学を卒業して社会で働いている人の大多数は大学で出席管理をされた覚えがあるでしょうか。
おそらく、そういう覚えがないと思います。
しかし、今の大学は出席を厳格に管理することが求められており、文科省からもそうした指導が
行われています。
恐らく、「大学に行かなくても単位が取れる」「勉強しなくても卒業できる」といった現象に
対して社会要請から来ているものだと思いますが、一つ一つの授業に出席しているからと言って
「○○ができるようになる」という授業を展開している大学教員がどれだけいるでしょうか。
「何を教えるか」が重要なのであって、「何ができるようになるか」が重要視されてこなかった
これまでの大学教員に難しい要求を与えています。事実、大学設置時に大学教員審査というものを
受けて設置されるわけですが、依然として業績が重要で、論文はあるけど教えられない教員よりも
論文はないけど教えられる教員の方が軽視されています。
大学が大衆化する以前の高等教育ならば、論文が書けるような立派な研究者の背中を見て「学生が
学ぶ」ということで成り立っていたのかもしれませんが、社会と文科省は「学生に教える」ことを
要請しておきながら教員審査は従前通りというのは教育の実質化の妨げになっています。
この相反したテーマに対して何とか応えようという取り組みがFDだと思いますが、このFD、非常に
難しいテーマになっています。教育という答えのない課題の答え探し。
加えて前述のように大学教員の採用という入口時点でのミスマッチ。そもそもFD=教育改善が
必要な教員こそ教育に興味がなく、積極的に参加しない。更に教育力の向上は大学教員の
当然の責務という観点からの予算的な支援の乏しさといった幾重もの困難がつきまとっています。
また、受講する側の学生の気質や学力によっても有効な手段が異なるため、一般化できる手法は
限られています。
ただ一つだけ共通のキーワードは「学生のための教育」ということは目標として確信できると
思います。
決して、教員が楽するためのFDではありません。
要するに何が言いたいか。
大学院生(TA)を使って授業サボるのは止めましょう。
大学参謀の孫登です。
いつもの一般論とは違い、私の勤務する大学の話です。
偉い人の名前で公表される文書に「宛先がない」「日付がない」ということが
散見されるようになってきました。通常の文書は最初に日付(右揃え)があり、
用件(〜について・中揃え)、宛先(○○様等・左揃え)が来て、差出人(△△部
××右揃え)、概略が来て、「記」「以上」となりますが、そうした文書に宛先が
ない。誰宛の文書なのか不明な文書、いつ発給したものなのか分からない日付なし
文書、偉い人の出す文書が、こんな調子ですから幹部たちが出す文書も右に倣えで
同様の文書があります。ひどい時には文責すら分からない場合もあります。
私の勤務する大学は改革の真っただ中で確かに誰宛ということを明らかにすると
自分あてではない文書に無関心になり、主体性が失われることを恐れたり、変化すること
を嫌う人たちからの反発などを避ける意味合いもあるのでしょうが、誰宛の文書かによって
言葉使いも変化するのが日本語ですから、差出人と宛先との上下関係も不明確になってしまう
温床になっているのではないでしょうか。あと、改革中だから朝令暮改、刻一刻と状況に
合わせて事態・対応が変化するのは理解できますが、文書に日付がないと、どの文書を
信じて行動すれば良いのか分からなくなってしまいます。
文責が不明なことは更に深刻で、全く事情を知らない人間までもが内容の確認に当たったり
知らなくても良い事柄まで関与させられるのは組織として機能的ではありません。学生も混乱
してしまいます。
そうした事態を見て今日、私の上司は他の幹部に言ってくれました。
「決まっている。決まっている。言うけどね、こんなに何回も変わっていたら何が本当
なのか分からないんだわ!」(意訳)。
何回も変わることは構わないけど、どれが真正の情報なのか、分かるような工夫が必要だと
思って、今日のエントリーです。文書・資料に日付を入れましょう。
大学参謀の孫登です。
私たち大学職員はどこへ向かうのか。
私が入職したとき、SDという言葉は既にありました。
「教職協働だ」「企画提案能力だ」と新卒の頃から言われ続けて今に至ります。
なるほど確かに事務局長クラスの人たちからは政策や施策、そのための規程作成などの
仕事に関わりを持ってきたことを振り返って労ってもらうことが多いです。
しかし、一方で課長職など現場に近くなればなるほど、そうした政策や施策に関わりを
持ってきたことには触れられずに業務改善、Accessを使ってコマンドボタン操作のみで
決算資料が作成できるなどの日常業務の定型化をしてきたことが好意的に受け取られることが
多いです。
政策や施策は方向性は示すものの事務職としては、「施策をどう処理していくか」ということが
最も負荷のかかるところであって、方向性を示すのは役員でも教員でも出来ると考えているようです。
しかし、役員や教員の示す政策・施策は現場がどう動くかまで考えられていないため、処理する側と
しては非常に苦労することが多く、特に理想を追いかければ追いかけるほど実情や現場力が追い付かない
ことがよくあります。
また、今までは役員・教員主体の政策や施策で良かったことが複合的な課題や多様な社会要請、社会構造が
データを裏付けとした全体的視野に基づいて考えられなければ整合が取れないということも多くなり、
必然的に職員発の提案が必要とされてきているとも考えられます。
一般的に考えれば職員発の政策や施策が増えれば必然的に処理手順は少なくて済むはずです。
しかし、決定機関が教授会や役員会であるため、職員が実情や現場力を考慮した政策・施策では
スケールが小さく映り、理想論に引っ張られるようにして現実と乖離していくことがよくあります。
教員や役員に良い顔しようとして作ったような政策・施策は「通りやすいが処理しづらく」、実情や
現場力を考慮した政策・施策は「通りづらく処理しやすい」というジレンマの中で企画は練られて
いきます。そういう意味で管理部門の仕事は教員の関与度合いが小さいため「通りやすく処理しやすい」
政策や施策の提案が多かったように思います。
まだ教学部門の仕事はスケールなどを測ることはできませんが、直接的に学生に関わる仕事が多いため
「社会に問いかける」ような政策・施策によって「通りやすく処理しやすい」提案ができるのでは
ないかと期待しているところです。
教員に「良い顔」しようとするだけの提案では相変わらず「処理しづらい」仕事が増え続けるだけだと
考えていますから、「社会」をモノサシとして測り、考えてみたいものです。

大学参謀の孫登です。
部署が異動になり、これまで管理系でしたが教学系に移り仕事が全く分かりません。
そんな時、役に立つのは新卒の頃に先輩や上司に教えてもらったことが一番、通用性が
高いように思います。
そして、大学職員になって約10年ですが改めて新卒の頃の気持ち=志望動機を振り返って
みました。
なぜ大学職員になりたかったのかというと2点あります。
一つは「ありがとう」と言われる仕事がしたかったこと。
学生にも教員にも職員にも「ありがとう」と言われるような仕事がしたかったから大学職員を
選びました。
もう一つは未来を創る仕事がしたかったから。
大学は毎年新入生の数だけ「夢」が入学してきます。そして毎年「夢」が育って「未来」が
巣立っていきます。その「未来」を創る仕事がしたかった。
この「ありがとう」と言われる仕事と「未来を創る」という情熱が私の大学職員になりたい
志望動機でした。それは今も変わりません。
一般的な企業でも「ありがとう」と言われることは多くあると思います。それが会社の発展と
社会貢献の共生ということだと思います。しかし、そこには民間企業であるがゆえに収益を
上げなければならないという使命を背負います。しかし、大学は収益を上げるのではなく、
無償の「ありがとう」を追求できるという点が新卒の頃の私にとって純粋に魅力的に感じた
のだと思います。
新卒当時はボキャブラリの少なさから、それを「人と人を繋ぐ懸け橋になりたい」と言っていました。
今、考えると青臭く恥ずかしいような志望動機ですが、大学では青臭く恥ずかしいような情熱を
持って、学生のために真剣に議論している人たちが多くいることは事実です。

大学参謀の孫登です。
文科省大学教育部会の
議事録ですが、なんでしょうね?
「私たちは褒められたら頑張れます」という話が展開されています。分かりやすい話ですが、
教育というのは国家百年の計と言われるテーマだと私は考えています。その中枢の話が
こんな話ですか?
カリキュラムのナンバリングも「諸外国がやっているから我が国もやらなければ
グローバルスタンダードに乗り遅れる」という話をしているんだと思うのですが、
模倣から抜け出せない日本の状況を表すような論議になっています。
結果、「社会も一緒になって教育を考えてくれなければグローバル化した教育は難しい」という
ような結論になっているようです。
歴史を見ると日露戦争で日本が勝てたのは奇跡でした。しかし奇跡は偶然によって起こるもの
ではなく、ある程度の背景があり、教育の側面から日露戦争の勝因を見ると日本の教育の識字率の
高さによるものでした。当時欧米では文字を読み書きすることができるのは一握りの貴族階級の
人間だけで軍属では高級将校に当たる人間に限られていました。一方日本は一平卒に至るまで
教育が施されており、当時の識字率は90%を超えていたと言われています。このことから
文字による情報伝達が可能な日本が一般の兵卒まで兵器の扱いなどについて、理解が高かったこと
が勝因の一つと言われています。この現実を目の当たりにした欧米はそれまで貴族階級にのみ
開かれていた教育を大衆化していった経緯があります。つまり明治期において日本は教育の
グローバルスタンダードを作った側の国家だったわけです。
しかし、今どうでしょう?議事録を読む限り「諸外国の状況が云々・・・」など教育システムを
模倣することを議論し、社会システムが異なることを理由に具体的な方策が見いだせずにいます。
選ばれている委員の方々は日本の教育界でも中枢の方々なのでしょうけど、教育が未来を創ると
いうことの本質を理解されているのでしょうか?諸外国がどうであるとか、国内情勢がどうである
とかの帰納法的議論ではなく、日本の未来の姿を想定した演繹法的な議論が必要だと私は考えます。
何年先を読むことができるかというのは、知識や頭の良さよりもセンスに依るところがあるので
センスのある人間に議論させなければ日本の教育に革新をもたらすことはできないでしょうね。
未来の日本がどのような分野で革新することが我が国を牽引するか私も分かりませんが、
少なくともこれだけ政治が無責任で、物価が急上昇しても暴動一つ起きない。震災の最中でも
助け合っていける秩序と人間性と富は私たちの先祖が残してくれた財産であり、これは世界に
誇れる財産です。これだけ安心で安全な社会が日本以外のどこにあるでしょうか?
こうした安全で安心な住みやすい社会を維持さえすれば、世界中から「日本に住みたい」という
人々は集まってくるのではないでしょうか?そうすれば人口減少の問題や産業の空洞化などの
課題は自然と解決されると私は考えます。
水は低いところに流れるが金と人は高いところに流れるのではないでしょうか。
そのために「どのような教育をするか」はかなり答えが絞られると私は考えます。

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